研究・論文
歯牙根尖病変の治療
一長期経過からみてー
恒志会常務理事・歯科医師 藤巻 五朗
「病巣感染を考えるJと冠した今回のフォーラムは、根管治療専門医であるG.E.マイニーの『虫歯から始まる全身の病気』の訳本を世に出すということがきっかけでした。
世間ではインプラントや審美歯科などが流行っているこの時代に、なぜいまさら『病巣感染を考える』のかというと、口腔を司る歯科医療従事者も本来の仕事は、患者さんの口腔領域が全身の病巣感染源にならないように歯科診療を行い、口腔諸組織の健全化を達成させることを通して、患者さんの心身の健康をつくり上げることにあるからです。
今回、出版したG.E.マイニーの『虫歯から始まる全身の病気』は、表面的に読んでしまうと、「歯の根管治療はやってもダメだ]、「複雑で難しい」、その上、「病巣感染を引き起こすのであれば抜いてしまった方が患者さんのためになる」と誤解を生んでしまうかもしれません。
G.E.マイニーの『虫歯から始まる全身の病気』で述べているように、また、その理論的根拠となったW.A.プライスの偉大な研究の記述書『Dental Infections vol.1 vol.2』にあるように、根管治療は象牙質の構造上、複雑で治療するには難しく完璧に処置することは不可能で、そのとき患者さんの免疫力が低下していると病巣感染を引き起こすことにもなると危惧していることは事実です。
しかし、この両者が本当に言いたかったことは全くもって異なります。
病巣感染を引き起こす危険性を真正面から受け止めることで、この問題は「ほんの小さな虫歯から始まる」のだということをしっかりと認識することが重要となります。そして、虫歯にしないようにどのように生活をするのか、不幸にして虫歯になってしまったらどうするのか、さらに進んで、歯髄まで炎症が波及して根管治療を施したとしても、病巣感染を引き起こさせないように患者さんの抵抗力・免疫力を上げ、安定した健康生活を送るためにはどのようにすれば良いのかを患者さん一人ひとりが学び取ることをこころから願ってのことでありました。答えは本書『虫歯から始まる全身の病気』をお読みいただけば分かります。
そしてこの大問題を解決するためには一人ひとりが歯科に関心を持ち、日常生活に目を向け、自らをチェックして、健康であるための努力を借しまないことが大切です。また、医療関係者はこの問題を解決すべく研究し、安定した健康生活が送れるように開発すべきことは種々あるのではないでしょうか?
本来、歯牙根尖病変は2つの面を持ちます。歯髄が感染して根管内に病巣がある歯内からの根尖病変と、歯周病として歯周に病巣がありそこから根大病変になった場合の2つです。
また、この2つが絡み合ってできる根尖病変もあります。いずれの場合であっても病変があるということはそこでの病原菌群の威力が患者さんの免疫力を上回っていることを現しています。
この根尖病変が放置されていて、患者さんの抵抗力・免疫力が低下すると、病変は増悪化傾向になるので、様々な疾患の感染源になることは十分に考えられます。そうなると病巣感染が起きたということになるわけです。この歯牙に付随する病変が全身の病気の発生源になることは絶対に避けなければならないことです。それに病変の存続自体は免疫力を低下させていくことにもなります。
なにより身体に異常があってはならないわけですから治療することになります。
歯周問題からの根尖病変であれば、歯周病治療対策をしっかりと伴わせながら、また、歯内問題からの根尖病変であれば適法にそってキッチリと根管治療を行います。この原因除去の処置をすることで病原菌群の存在しないような根管状態にするか、数を少なくして病原菌群の威力を抑えることで結果的には患者さんの免疫力が上回る状況にするわけです。
このとき原因除去としての病原菌群への対策だけでなく、患者さんの免疫力を増強する手立てがあれば治療効果を一層高めることができることになります。
片山恒夫先生はこれを Physiotherapy(自然良能賦活療法:片山訳)と呼んで口腔管理としてのブラッシングや食育・呼吸法・体操などを患者さんに指導されていました。
私どもの診療室では歯科診療や口腔管理をすることを通して、患者さんの抵抗力・免疫力の向上を獲得していただきます。具体的な方法としては噛み合わせの調整と歯ぐきマッサージブラッシングです。どのような歯科治療であってもそのほとんどは噛み合わせと何らかの関わりをもち、自律神経系に影響を与えます。そのとき的確に調整された場合の噛み合わせは、自律神経系の副交感神経を優位にして抵抗力・免疫力を上げることになるのです。そこでの上下の歯牙接触は口腔内だけでなく遠隔臓器にも、もちろん全身のすみずみまで影響を与えます。
また、ブラッシングについて言えば、歯磨きいわゆる歯を磨くブラッシングは自律神経系の交感神経を優位にしますが、歯ぐきマッサージブラッシングは副交感神経を優位にして抵抗力・免疫力を上げることになるのです。そのような歯科診療や口腔管理が的確にできているか、確実に抵抗力を上げているかどうかの判定指標としては①風邪を引きにくくなっていること、②口内炎や口唇炎ができ難くなっていることなどです。
以上のように病変部への処置だけでなく、患者さんの全身の健康を見据えての対策をすることで免疫力が常に良い状態に保たれることは必要なことです。
患者さんの抵抗力・免疫力が病変部の状況を上回っている状態が続けば、しかも長期に続くとあたかも治癒したかのような状況となり、そのとき治ったと言うことになるのです。
診療を始めたのは約40年前ですが、当時は大きな虫歯だったり、大きな根尖病変になっていたり、歯牙を支持する骨の量が歯根の1/3より少なくなると抜歯の基準に達したとして、多くの先生が抜歯をしていました。 しかし、適切な治療をして、その後の生活習慣を正すと良い結果になることを多く体験してきて抜歯せず残すようになりました。その実際を長期経過の臨床例で提示します。
医療の最終目標は【Health Care-0(Dr.D.Beach)一医は医なきを期す(東洋の諺)ー】です。
そのためには、ダメと思われる歯であっても安易に抜くのではなく、根管治療を適法に添ってしっかりと行い、状況にあわせて咬合を構築し、免疫力の回復を含めた心身全体のバランスを整えていくことが重要になります。その上で患者さんにも日常生活の中での自分の健康を見つめなおし、自分から医療参加をして【医患協働体制】を確立することで、長期安定化を達成させることができるようになります。
患者さんの心身の健康を、自分自身で作り上げていくように導くことが、我々、医療従事者の果たすべき役割だと思います。
藤巻からのフォーラムお持ち帰りメッセージ
歯科診療は自律神経を健全化させ心身の健康をつくります
歯科治療は自律神経系と大きく関わっていて、的確に治療された場合の噛み合わせは、生理咬合が獲得されて基本的な生理現象である安静時唾液嚥下のときの上下の歯牙接触ですら自律神経に影響して、そのバランスがよくなり、副交感神軽が優位となり免疫力を高めます。
現代社会での私たちは様々なストレス下にあり、日常生活では知らないうちに身もこころも弱体化して、正常さ(生理性)を失い、生活習慣病へとつながっています。そこで、全身の病気を治し、心身の健康を維持するためにも、口腔内の治療と管理による自律神経の健全化は必要不可欠となっています。
2008 vol.3 より
治るため・治すための歯周治療
一患者は自らを治し、医療者はそれを手伝うー
2011 vol.6
パストラル歯科 藤巻 五朗
■歯周病は治る
歯周病は不治の病ではない。 病気になる原因(病因)がある以上、治し方はある。
ではどうすれば治るのか? そのためには現代の歯科が陥っている、歯周病の状況・症状にだけ対処する『対症療法』をするだけではなく、病気になる原因から根絶する『原因除去療法』によって、歯周病は確実に治療できるのである。
どうすれば歯周病の歯でも抜歯しなくていいか、どの程度なら治療可能か、いつまで持つのか、そのための要点を知って、歯を守って頂きたい。
■歯周病はどこまで治せるのか?歯槽骨の生理的変化
歯周病は原因菌である数種類の歯周病菌によって悪化し、歯を支える歯槽骨の病的吸収につながるが、実際は歯周病菌以外にも加齢による歯槽骨の生理的吸収がある。
『歯槽骨の加齢変化』の研究1)では、『成人の歯槽骨は加齢変化として毎年0.06mmの割合で水平的に吸収すると推定されている。このことから成人期に全身的、局所的に病因が作用しなければ、あるいは年齢相応の組織修復が行われれば、100歳時でも歯槽骨の1/2は残存し、歯は十分に植立できる』という。
この研究は正常な成人歯槽骨の加齢変化だが、来院する患者の歯槽骨は、すでに種々の原因で加齢変化以上に吸収している。そこで治療が行われるのだが、その時点で基本的かつ最も重要なことは、病因(外襲因子・内在因子・こころの問題・真因)の除去が確実に行われている中で、年齢相応の適正な組織修復(歯科治療)が行われなければならないということである。ここでいう年齢相応とは、暦年齢を指すのではなく、残された歯槽骨量としての年齢を指すと受け止めるべきである。例えば、支える骨量が歯根の1/2しか残ってないのであれば、歯槽骨年齢は100歳ということになるので、その年齢に見合った歯科治療が行われたときに、適正な処置がなされたと言える。
もしこのようなことが担当医の日常医療行動として行われているのであれば、歯槽骨は保持され、歯は維持されるはずである。逆に、これらが適切でなければ、結果としては必ず悪くなり、歯は抜け落ちるのである。
■歯周病はどこまで治せるのか?その限界は?
前述の研究から、歯槽骨は毎年0.06mm生理的に吸収するのだから、病因が作用せず、歯槽骨年齢相応の歯科治療が行われた場合でも、10年で0.6mm、20年で1.2mmの割合で水平的に吸収することになる。
それは極端なことをいうと、1.2mmの支持歯槽骨が残っている歯は、病因の除去が確実に行われ続け、さらに病態相応の歯科治療が行われれば、20年も歯を生かすことができるということになる。
実際に、私の診療体験からみてもまさにそのように治るし、治せるし、そして20年以上という長期にわたって安定させることはできている症例は存在する。そしてまた実際に、1mm支持骨が残存していれば、その歯を15年は保たせることができたということでもある。
そのような長期安定のための要点は、日常生活ではその歯を暦年齢に合わせてではなく、残された骨の病態年齢に合わせて使用すること、また口腔管理も残された骨年齢に合わせて管理していくことである。
前述した当院の症例に間しては、現在でも経過観察中である。症例によっては25年を超しているので、いつまで歯が機能してくれるのかは、医療者の診療にたよるというよりも、患者の生活の仕方にかかっているといっても過言ではないだろう。
■医療者に依存した健康管理の危険性
一般的に患者は歯科診療所を頼って、治療を受け、その後定期的に検診を受けていれば、それで歯科的健康は維持されると思っている。また医療者側も患者が診療所にきて検診とクリーニングを受けることで歯は健全に保たれると思っているフシがある。そこで医療者に依存する再診要請(リコール)の定期検査が成立するのだが、そのような医療者に身を預け、こころまで依存した管理体制では永続的な健康を維持することはできない。
それはあなたがもし10年20年30年と診療所を頼って通い続けているとした時、最初の治療をうけたところがそのまま安定し続けているだろうか・・・真剣に白身の体験をかえりみてほしい。
■片山セミナーが始まってから30年
1981年、4日間の片山セミナーが始まって、今年で30年経った。 15年間続いたセミナーの受講者は延べ5000人を超えている。この数字からみても歯科界に与えた影響は大きかったはずだが、現在の世の中の動きは片山臨床の考え方とは相反しているようだ。片山臨床では重症の歯周病になった歯でも抜歯せず大切にして、どうにか助けようと治療した。しかもその治療結果が快適で長持ちするように、患者と一緒になって、いろいろ工夫して長期安定のため協働することを教えられた。
しかし現在では、歯周病になった歯は抜歯してインプラントに置き換えてしまった方が、最善だとしている症例をあまりに多く見聞きする。
ところが片山臨床からも私の診療体験からも歯周病になった歯は歯周外科や抜歯することなしに、治るし、治せるし、そして長期に安定させることはできる。それでは何かどのように異なるから、結果も変わるのだろうか?
■片山臨床の特徴
片山臨床の特徴は歯科の病気を『生活習慣病』として捉えたところにある。
『生活習慣病』ということは、患者が治るためには病変部を修理するだけでなく、その病気の原因を日常生活から徹底的に排除していかなければ、治るための治療をしたことにはならない。
これは簡単なことではない。
毎日の生活の中でのことなのだから、原因除去行為という役割を患者自身に分担してもらわなければならない。つまり、患者自身が病気の原因を根絶する生活様式へと変えていき、医療者はそうできるように助言、助力、治療しながら導く。
そのように導くことで、原因除去という治療行為自体に患者自身が積極的に参加して、役割を担えるようにする。医療者側からすると患者をも巻き込んで一緒になって病因除去の治療を進めるという体制にするのである。
これが医療者と患者が協働する、すなわち医患協働体制2)なのである。
そのためには『日常生活内での病因の発見とその除去』を、治療の重要な一分野として認識していただくことが重要である。そして、そのことを患者自身が納得した上で、行動に移す。それが医患協働体制の下、病因除去をしていくということである。
その結果、片山セミナーの症例では、患者の誰もが発症部は確実に治り、再燃・再発することなく長く安定していた。そして病気を体験したことを契機にして、とても早く健康を回復し、しかも全身的にも長期に健康を維持されていたのである。これこそ【ほんまもんの医療】といわれる所以であり、医療が行われるときの一つの姿なのではないだろうか。
片山臨床の特徴を以下にあげる。
①健康回復の早さ・確実さ
②患者の病気に対する理解の深さ
③医療者の徹底した病気の原因除去療法
④患者は病気の原因を除去し続ける生活へと日常生活を改善する
⑤病因除去が確実に行われている中での、病変組織の改善(歯科治療)処置
⑥長持ちの歯科治療(再燃防止・再発防止)
⑦自らを健康にしようとする患者の意識改革
⑧害のないことが第一選択の医療
これらの特徴をひとことで言うならば『日常生活からの徹底した病因除去』ということになる。
これらの事項を確実に施術することによって、現代歯科医学では100%抜歯と診断されるような重度に進行した歯周病でも治療でき、しかも長期に安定させることが可能となるばかりか、全身の健康をも長期に維持安定化できるのである。
■誤解されやすい【フィジオセラピー 3)を柱とする片山臨床】
フィジオセラピーは物理療法とか理学的療法と訳されるが、歯科での一般的な受け止め方は、口腔衛生指導法を指し、ブラッシングによるプラーク(歯垢)コントロールを意味する。確かに歯周病の主な原因の1つは、細菌の塊であるプラークなのだが、そのプラー
クさえ除去すればよいとする受け止め方は大きなまちがいである。これでは歯周病の病因をあまりにも小さくしか受け止めていない。
しかし、片山臨床では歯周組織へのマッサージ効果を合めた適正なブラッシングが強調されたため、歯ブラシだけで甫周病を治すと誤って受け止められ、誤解されている。
ブラッシングだけで歯周病に対応した場合、初めの5年間位は割合良い結果が得られるので、片山臨床のブラッシングで歯周病は治せると思い込める。ところが10年過ぎた頃になると状況が危うくなり、15年目あたりでは歯周病になっていた臼歯などの状態が悪化することが多くなるので、長期に安定させることはできない。そうなると片山臨床でも歯周病は治せないのだ、歯周病治療はこれで限界なのだと断念してしまう。
このように歯周病治療をしているとき、生理的加齢骨吸収以上に悪化していく骨吸収を経験することがある。しかし、その病的骨変化の敦えてくれる意味は、その歯にまつわる周囲環境に悪化させる病因がいまもまだあるということ、または、残存歯槽骨年齢に相応してない歯科治療がなされていたこと、場合によってはそれらが一緒になって悪化させていることを示してくれているということである。この状況では、患者は指導されたようにブラッシングをしていても悪化していく。そして医療者はブラッシングだけでは改善しないので、対策に窮してしまう。そのための解決策は現在の歯周病学的コンセンサスをもってしてもいまだ解明されてない。だからこそ限界を感じてしまい、断念して、抜歯の道をたどることになる。
しかし、Goldmanのいうフィジオセラピーを片山は『自然良能賦活療法 4)と訳して、様々な病因を想定して、それを排除させていた。
フィジオセラピーという治療法を歯周病治療に導入するときに、片山臨床としてはその深いところの意味を込めて、ブラッシングだけでなく、食や運動など日常全般にわたる生活の仕方に目を向け、改善させるべく種々の行動を実践させていた。また、そればかりでなく、体力回復、増強のための呼吸渋や真向法などをも指導していた。
そして、いわゆる歯科治療(病変組織の改善処置)にも様々な工夫をしていた。それは世界的なレベルでいわれている歯周病学の治療法とはかなり異なった片山臨床独得のものである。
歯周病はプラークだけでなく、多様な病因が関わって発症・再燃・再発する。原因が多種で複雑なだけに、それに関する歯科・医科でのすべての対処法を投入しなければ、治癒には結びつかない。
そこで、もちろん片山の訳でも十分なのだが、私はあえて『心身生理回復療法』と訳し、身体的にも、精神的にもその生理性を回復させることが重要であると解釈し、そのための対策や処置をとることが必要であると認識している。
■【長持ちの歯科医療】はどのようにすれば達成できるか?
歯科治療を受ける患者の関心事は治療した歯がいつまでもつのだろうということである。そして、治療する医療者側にとっても、自分の治療した歯ははたしていつまで安定して機能してくれるのだろうかということだ。これらはどちらも同じことを望んでいる。それは誰もが【長持ちの歯科医療】を求めているということである。
そのために必要なことは、歯の修理作業である治療をしている間に、患者の日常生活の中にある病気の原因が除去され続けることである。そしてその病因除去が、治療後も長期に達成され続けたときに、病気の再燃・再発が防止される。そこで初めて『長持ちの歯科医療』が行われたことになり、患者も医療者側も納得できる状況になる。
このような『長持ちの歯科医療』や『病後の健康』を達成するための治療の流れを図式化してみると、添付の『病後の健康を願って一日常口腔管理活動の流れ5) 〜自律化への道〜』となる。
目標は患者が自分で心身を健康的に安定させられるように、自分の身体条件に合わせての『自分自身の医学を会得』することである。
この図をみることで、医療者にはどこにポイントがあり、どのように診療を進めていけばよいのかの参考になると思う。また患者には受診することで、何に気をつけ実践すれば病気がなおり、年を経るごとにむしろ身体条件は改善していくことを体験することができるだろう。
■自律化への道のり
目標へ向かっての患者の成長のためには診療の効果が患者に認知され、評価されなければ、協力も得られないし、医療の意味も理解してもらえない。そのためには、診療が行われたことを歯科医療効果として判定する、医権者と患者に共通の指標(項目)が必要である。添付図表の左下枠内O〜6である。
【0.病因除去の実践】
病気になるのは病因があったからなのだが、知らずのうちにとは言え、さりげなく過ごしていた日常生活の中で、発病するほどに原因を積み重ねてしまっていたわけである。そのことを自ら気づいてもらえるようにして、どの患者にも初めに必ず、自己管理としての病因除去療法を確実に習得、実践して頂く。そしてこの項目は生涯を通して実践し続けるのである。
【1.歯肉の健康状態】
病因があったからこそ起こる口腔の不健康さは歯肉の状態にもっとも現れやすいので、自己管理としての第一歩である病因除去療法を習得したかどうかは、歯肉の状態を写真記録して、それを比較して実践の在り方を確認していく。
【2.咬合の確立とその機能】
歯科診療が行われるのであるから、歯科の特徴である歯牙を含めての上下の顎関係が生理的になっていること、すなわち、硬組織と神経・筋機構が生理的に十全となり、スムースに機能していることが重要である。特に、睡眠中のブラキシズムをどのように生理性を伴わせながら防止させるか6)は、歯周病治療の結果を長期に安定化させるためには必須な処置である。
そして昼夜を問わず唾液などを飲み込む時のかみ合わせ(嚥下位)が生理的になっていると、自律神経系に好影響を与える7)だけでなく、脳内生理を平静安定化8)させることができるので、ストレス耐性9)を獲得できる。
【3.自己健康化とその意欲】
前記三項目を続行しながらではあるが、口腔内に問題が起こったことであったとしても、病んだ体験をもっとひろく・深く捉える必要がある。それは歯の治療を受けているあいだに担当医の良導で、患者自らの力で健康を取り戻すように意識改革がなされ、自らが病因除去への生活に意欲的に取り組むようになって頂く。
【4.生活環境改善の実績】
歯科の問題を生活習慣病とみなして、日常生活の中にこそ病気の元があるのだから、その生活の在り方・仕方を自ら変えていき、患者が自分では気づかずにいた発病の原因である悪しき生活習慣を改善していくようにする。
【5.自律的生活の達成】
ここでいう自律とは患者自らが長期に健康であり続けるように自分を律していく・制御していくということである。
W.A. Priceがその著『食生活と身体の退化10)』で述べているように《生命があらゆる面で十全であるためには、この母なる大自然に従って生きなければならない》ということと同じになると思うのだが、現代の物質文明・物欲便利社会においても、大自然に従って生きることを根底にしっかりと踏まえて、自らを律して、自らの身体条件に合わせての生活をしないかぎり、病後の人生を健康的に過ごしていく道はあり得ない。
とはいっても、人間である、長い人生には紆余曲折の生活があるのだから、自発的定期受診の折には、患者の生活背景についての話をよく聴いて、問題があればひとりで背負うのではなく、担当者に打ち明けて身が軽くなるようにする。
また、ときには自己管理の足らないところを、担当者にゆだねて管理することもあるだろう。医療者としては必要なことを指導、教導、良導、そして治療していくことになる。
【6.歯槽骨の維持安定】
上記O〜5項目が達成されている状況になると、X線検査での写真上に、しっかりと安定した歯槽骨の状態が確認されるようになる。それは歯肉の状態変化から判断する表面的な治癒像だけでなく、身体の内部深いところからの病態の回復と歯槽骨の状態安定化を示している。そこではじめて、かつての歯周病がおさまってきたこと、そして治癒傾向になってきたことを認識できる。なにが病因で病んだのか、病態回復をさせるためにはなにが病因除去として重要だったのかがはっきりしてくる。この段階ではじめて健康を回復させるために、健康を維持していくために、何か必要なのかを身をもって知ることになる。
■患者を支援する医療
医療者の仕事のひとつは、患者が治療を受けている間に、自分では気づかずにいた日常生活内での発病の原因を見つけ出し、除去し続けていけるようになってもらうことである。それを一つ一つ積み上げていく時に、それまでは気付かずにいた悪しき生活習慣は改善され、再燃・再発をしない生活へと自律していくのである。
そのためには重要なことがある。それは自分の病状に対する認識=病を感じ取る=病感をどのようにして正確に気づいてもらえるかである。教え込んでいくのではなく、患者自らが気づいて行動するようでなければ結果はついてこない。そのとを、医療者が明確に把握していなければ成功しない。これが成功すると患者は、これからは生活を見直して、原因を見つけ出し、除去し続けていくような日常にして、自らを健康化させるように、意欲を持って取り組むことができるようになる。
それはむしろ患者が病んだ体験を契機に自らを叱咤激励して、病む生活から脱皮して、自分の身体条件に合わせての、健康的な毎日を過ごせるように成長していくことである。そして医療者の重要な仕事は、そのように患者が成長していけるように支援していくことである。
参考文献
1)浦郷篤史.口腔諸組織の加齢変化90-114,クインテッセンス出版,東京,1991.
2)片山恒夫写真集編集委員会編.開業歯科医の想いⅡ-片山恒夫セミナー・スライド写真集-,豊歯会,大阪,1999.
3)Goldman,H.,et al (石川 純ほか監訳).ゴールドマン&コーエン歯周治療学(第5版),医歯薬出版,東京,1979.
4)片山恒夫.5mm程度の歯周ポケットは必ず外科的に除去しなければならないか,歯界展望60(3)465-486,1982.
5)藤巻五朗.歯科医療への道,幽界展望,66(2)383-392,1985,
6)Fujimaki.K.,et al. How to prevent bruxism such as “tooth grinding and tooth clenching” ,Acupuncture & Electro-Therapeutics Res Int J.,31,320-321,2006.
7)藤巻五朗,藤巻弘太郎.咬合条件による自律神経系作動物質の変化, 全身咬合,13(2),1-9,2007.
8)Fujimaki.G.,et al.The effect of the rhythmic activity of mastication on brain substances,Acupuncture & Electro-Therapeutics Res Int.J.30,313-314,2005.
9)Fujimaki.G.,et al. Dental care for stress relief,Acupuncture & Electro-Therapeutics Res.Int.J.,31,317-319,2006.
10)Price,WA(片山恒夫,恒志会訳).食生活と身体の退化, 農文協,東京,2010.病後の健康を願って 日常口腔管理の流れ
〜 自立化への道 〜
口腔管理のためのブラッシングはどのようにすれば効果的か
―パストラル歯科における Physiotherapy の研究―
藤卷 五朗 D. D. S., Ph. D., ORT-DDS(3Dan),パストラル歯科,東京. NPO法人恒志会常務理事
【はじめに】
この小誌を手に取られる皆様は片山恒夫先生に何らかの形で関わりのある方であると思う。時の経つのは早いもので、15年間続いた片山セミナーが終了して、すでに18年も経たので、今の若い歯科医はご存知ないかもしれない。
30年前、片山先生といえば朝日新聞に連載で取り上げられた大阪の開業歯科医師で、“手術をせず、ブラシ一本で重度の歯周病をなおす歯周病治療の大家”、と誰にも知られた名医です。この表現は片山先生の一側面を言い表してはいるが、大いなる誤解でもある。それは片山先生がブラッシングの質問を受けた後で、一人ごとのように、そーと“ブラシだけでなおるもんか”と小さくつぶやいていたのを、私は何回か耳にしていたのです。
しかし、片山先生の歯周病治療の柱の一つがOral Physiotherapyであり、その中でも重要な要素としてブラッシングがあるのも事実です。そして、そのつぶやきはPhysiotherapy 1)にはブラシだけではなく、他にもいろいろと要素があるということを意味しているのです。そこで私なりに解釈して、片山先生のように歯周病治療を成功に導くPhysiotherapyとしての臨床を記述してみようと思う。
【Physiotherapyを心身生理回復療法と訳す】
Physiotherapyは医学辞典では物理療法・理学療法とでてくるが、意味が伝わらない。
片山先生は自然良能賦活療法2)と訳されていた。奥深さを感じ、良い訳だとは思うが、一般的にはなじみのない言葉であり、私にとっては“じねんりょうのう”と読むことでどうにか判ろうとするのだが、どうにも難しくて、患者に説明しきれないでいた。
そこで私はPhysiotherapyを心身生理回復療法と訳し、そのように捉えることにしている。なぜ、そのような訳にしたのかは文末までには判っていただけると思う。。
【病むヒト VS 患者】
治療役割分担として患者自身が受け持つ治療の一つとしてのブラッシングをして頂くとき、診査してからその都度、ブラシの選択とその手法を処方することが必要になるのだが、治療現場でそんなデリケートな診査をしている術者がどれ程いるのだろうか。それは、治療対象者を“治療を受けるヒト=患者”として受け止めているので、術者は状況から治療方針を導き出して、処置することになれてしまっていて、診査・診断をする前に、すでに“患者=治療を受けるヒト”として対面して、処置(処方)をしてしまっているように思える。
そうではなく、対象者を患者としてではなく、 “病気になったヒト=病人”として受け止め、どこがどのように病んでいるヒトなのだろうかと、 自己管理でききれてないヒトとして接し、刻々変化する病変部の病態をどう的確に把握して、どう対応していくのかと受け止めて診査し、探索しなければならない。
ブラシの選択とその手法を処方するのはその後になる。
その探索方法として、私は握力変化を応用して判断している。その手法は 一般的医学ではないため、変わった・間違った方法であると思われてしまうだろうから、その判断手技を解説しておく。
【BDORTについて】
1970年代にニューヨーク在住の医師 大村恵昭
教授は身体・臓器に異常があると握力が変化することを発見して、指を合わせて作ったO-リングの握力変化を利用して、生体情報を感知する検査手技を完成されて、Bi-Digital O-Ring test (Omura, Y. 1977-2014;以下BDORT) 3, 4)と名付けた。
その原理は“生体そのものは極めて敏感なセンサーであり、その生体の存在を否定する状況では筋力は低下する。逆に存在を肯定し、ハッピーに、健康にさせる状況・条件では筋力は強くなる”ということに基づいている。その現象の発見以来、この検査手技は世界各地の医療機関で研究が進められ、1993年にはアメリカでの生物学的特許が認可された。
このBDORTを応用することで
①異常部診断法 ②薬剤・物質・金属適合性試験 ③同一物質間の共鳴現象を応用しての遺伝子・細胞内伝達物質・細菌・ウイルス・ニューロトランスミッター・ホルモン・金属(Hg・Al・Pbなど)・薬物などの定性・定量検査や局在分布を確定でき、それらを使いこ なすことで病気の原因を推測できる。④歯科的には歯科材料や金属の適合性試験・病原部の探索・適正な生理的下顎位の再現などができる。⑤対象者の体調具合や免疫力の程度を読み取り推測することができる。
しかし、このBDORTはあくまでも医学的には補助診断法であり、補助的検査法であることを理解して使いこなす必要がある。この小論文でのブラッシングに関する研究デー タはBDORTの同一物質間の共鳴現象を応用することで定量測定をして出したものである。
【BDORTの海外での受け止め方】
2013年2月・12月に、初代スロバニア大統領であり、現EU議会の副議長であるAlojz Peterle氏が緊急来日された。氏はEUの環境・公衆衛生・食の安全のための委員会の委員長であり、EU対ガン議員連盟委員長も兼任されている方である。
氏が申すには、ヨーロッパを含め、世界の医療経済は崩壊状態にあり、先端医療は国民のほとんどは受けられず、現医療システムも継続不可能であり、もはや国民のための医療にはならない。健康のためにはより良いものは何でも導入したいのだが、抵抗勢力が強く、破たんした医療経済を立直すことが難しい。
一方、セルビアでは医学アカデミーが長年かけて全世界の医療システムを調査した結果、国民のためになるのはBDORTが最も良いシステムであることが判った。そして2012年5月には、セルビア政府により医学の専門分野として正式に認められ、特定の教育プログラムを150時間以上受講し、試験に合格した医師、歯科医師にはセルビアの厚生省からライセンスが与えられるようになった。
そして、ヨーロッパ連合国では2014年から経済性にも優れ、健康に良いものは何でも取り入れられる統合医療会議を設立するので、BDORT医学会にはスタート時よりこのセルビアのベオグラードでの会議に是非とも参加して、抵抗勢力を納得させるような会議にしてほしいとのことでした。
その会議とは、
7th European Congress for Integrative Medicine
“The Future of Comprehensive Patient Care”
Joined with
12th Biennial International Symposium on the
Bi-Digital O-Ring Test
30th Annual International Symposium on
Acupuncture,Electro-Therapeutics and Latest
Advancements in Integrated Medicine
1st Serbian Congress for Integrative Medicine
10 ~ 11 October 2014 Crown Plaza Hotel,
Belgrade,Serbia,
という4つの会議が連合する合同会議です。
そこで、私も2013年のニューヨークのコロンビア大学で開催された29th Annual International Symposiumでの研究発表に引き続き、今回は Physiotherapyの一つである噛むことの心身への影響について研究し、発表の準備をしている。
【2013年のコロンビア大学でのBDORT学会】
ここで昨年のコロンビア大学での
29th Annual International Symposium on Acupuncture,Electro-Therapeutics and Latest Advancements in Integrated Medicineで発表したものを再録記載する。
それはOral Physiotherapyの一つである長時間歯肉擦過刺激としてのブラッシングが心身各部にどのような変化を引き起こすのか、そして、何分間の連続歯肉擦過刺激が効果的なのかをテーマに研究したものであった。このテーマは片山先生にご縁があり、歯周治療に関心がある方であれば興味を持つだろうし、必ず役に立つと思う。
【2013年の学会日本語版を記載】
歯科的日常生活行動の身体への影響
その4 Oral physiotherapyによる心身各部の変化 5)
【はじめに】
口腔内のブラッシングは、一般的に歯面についた食物残渣やプラークを除去する目的で行われる。その「歯面」のみを磨くブラッシングは交感神経を優位にさせるので、心身の健全化には好ましくない。
しかし、歯肉や歯槽粘膜への擦過刺激を主としたブラッシング-Oral Physiotherapyの一つである長時間歯肉擦過刺激(以下マッサージ・ ブラッシング)-を励行すると副交感神経を優位にできるので、口腔内だけでなく、心身の各部にわたる改善・健全化には適切であることはすでに報告した 6, 7)。
【目的】
マッサージ・ブラッシングを行うにあたって、 どれくらいの時間をかけて歯肉の擦過刺激を励行するのが心身への変化にとって最も効果的であるのかをBDORTを応用して検証する
【方法】
1. ORT生命科学研究所製作の定量濃度試料 (RCS)のアセチルコリン(Ach)、ノルアドレナリン(NE)、ThromboxaneB 2(TbxB 2) やセロトニン、テロメアなどを被験者の前頭部・海馬などの頭部、胸腺などの臓器、症状発現部位、不定愁訴部位をBDORTにより定量測定する。
2. 被験者はProspec soft brush(GC社製)を使って、 歯頸部歯肉・歯間乳頭部・歯槽部歯肉、口蓋舌側歯肉粘膜をマッサージ・ブラッシングする。
3. ブラッシング時間は一回につき、1分間、3、5、10、12、15、20、30分間として、各分単位ブラッシングを行い、その後1と同部位を同様に定量測定し、前後を比較する。測定値はBDORT Unitであり、それを比較した。
4. 被験者の各ブラッシング測定後、15分間マッサージ・ブラッシングのみマッサージ・ブラッシングの指導を兼ねて専門家(演者)によるブラッシングを行い測定した。
【結果】
マッサージ・ブラッシング後はAch・Serotonin・Telomereの3種はほぼ同率の増加傾向を示し、NE・TbxB2の2種はほぼ同率の減少傾向を示した。測定比較値の増減率を以下の表に示す。
【考察】
1~ 30分間までの各単位時間マッサージ・ブラッシングを行った後での計測では、自律神経系の副交感神経作動薬であり循環系を改善させるAch、脳内物質で平常心を制御するSerotonin8, 9)、正常細胞の生命力の強さや健康状態の指標となるTelomere 4)の3種はほぼ同率の増加傾向を示し、自律神経系の交感神経作動薬で不安や消極的にさせるNE8, 9)、循環系阻害物質であるTbxB2の2種はほぼ同率の減少傾向を示した。
その増減率は表に示したが、1分間では約10% のわずかな増減、3・5分間では約10%〜25%の増減、10・12分間では約20%〜30%の増減であったが、15分間では約2~3倍に増加と1/ 2〜1/ 3の減少という大きな増減率を示した。
しかし、20分間と30分間の連続マッサージ・ブラッシングでは15分間のときと同じ増減率であった。それはある時間以上の連続的にブラッシングをしてもファンタムエフェクト3)が作用して、効果は相殺されるものと推察される。
これらのことから長時間連続マッサージ・ブラッシングを行って、心身各部を的確に変化させ、 改善し健全化させるためには15分間のマッサージ・ブラッシングを行うことが最も効果的であることが示唆された。
そして、被験者によるブラッシングのやり方は、 模型上でブラシの持ち方と毛先の当て方、そのゆさぶり方を口頭で説明してから行ったのであるが、観察していると、どうしても歯頸部歯肉や歯槽部歯肉の表面的なブラッシングしかなされてなかったので、測定後、マッサージ・ブラッシングの指導を兼ねて専門家(演者)が直接15分間マッサージ・ブラッシングを行い測定した。
その要点はその方法を確実に行うことで、被験者によるブラッシングより数倍の高い効果が認められた。
また、歯周病や心身の治療としての長時間歯肉擦過刺激ブラッシングを行う時間が30分~1時間と長い時間獲得できるならば、15分間ごとに区切って行い、ファンタムエフェクトが消失する3〜5分後に、再度のブラッシングを行うようにすれば、心身各部への改善・健全化効果は倍増する。
【結語】
Oral Physiotherapyの一つである長時間歯肉擦過刺激ブラッシングは15分間ごとの連続ブラッシングが最も効果的である。
そのとき歯間乳頭部歯肉への差し込み振動ブラッシングと、口蓋・舌側歯肉へのフォンズ法ブラッシングを確実に行うことで数倍の高い効果が認められた。
以上
この発表はブラッシングの連続時間についての研究であったが、ブラッシングするそのことが心にも、脳内にも、身体的にも、体のすみずみまでに多大な影響を与えることと、ブラッシング時の毛先のあたる場所による生体内物質の変動の再確認と、その検証も目的であった。
この発表を行ったときは、その冒頭で歯周病患者の自己管理としてのブラッシング効果を実感していただきたく、進行した歯周病の治療例の15年・ 20年・30年経過症例を供覧した後に、研究の発表をした。
発表後のQ&Aでは具体的なブラッシングの方法やブラシの選択などに多数の質問があり、かなり盛り上がっただけでなく、直後ペンシルベニア大学教授、ニューヨーク大学教授など数名が駆け寄ってきて、とても良い発表であったとの感想とねぎらいを頂いた。
そして、トルコのイスタンブール大学教授の医師は友人歯科医に見せたいからと発表のパワーポイントのコピーをせがまれたりして、気分良く帰国することができた。
ブラッシング(分)
Ach Serotonin Telomere
NE TbxB2
1分間
1.1 倍増(約 10%増)
1/1.1 減(約 10%減)
3分間
1.1 ~ 1.2 倍増(18%増)
1/1.1 ~ 1/1.3 減
5分間
1.2 ~ 1.3 倍増
1/1.1 ~ 1/1.2 減
10分間
1.2 ~ 1.6 倍増
1/1.3 ~ 1/1.6 減
12分間
1.2 ~ 1.5 倍増
1/1.6 減
15分間
2 ~ 3 倍 増
( 専 門 的 ; 3 ~ 1 0 倍 増 )
1/2 ~ 1/3 減
(専門的 ;1/3 ~ 1/10 減)
20分間
2 ~ 3 倍増
1/2 ~ 1/3 減
30分間
2 ~ 3 倍増
1/2 ~ 1/3 減
過去におけるパストラル歯科での口腔管理のためのブラッシング研究
そのⅠ
私は2002年の第5回BDORT国際シンポジウムにおいて“歯科的日常生活行動の身体への影響 その2 歯ブラシによるOral Physiotherapyの身体への影響”との演題で発表した 6)。それは、プラークコントロールとし てのブラッシングではなく、治療としてのOral Physiotherapy=長時間歯肉擦過刺激ブラッシン グを確実に実行した患者さんは歯周病が改善するだけではなく、何故か全身的にも顕著な改善をみることが多い。
その理由を探究する目的で BDORTを応用して調べてみた。
それは有歯顎者・無歯顎者共に歯ブラシによるOral Physiotherapyの15分間の歯肉への長時間歯肉擦過刺激実地後は口腔内だけでなく、口腔から遠隔にある不定愁訴や潰瘍・がんなどの症状発現部位において有益物質(Ach)は増加して、有害物質(Hg・ウィルス・細菌・Thromboxane B24)・Integrinα5β14)は減少し、その差引量が排尿後の尿中に確認された。
それ故に歯周病治療のための正しいブラッシングとは長時間歯肉擦過刺激ブラッシングであり、その後は排尿することが望ましいことを報告した 6)。
そのⅡ
2007年の第17回日本BDORT医学会において、藤卷弘太郎は“ブラッシングの自律神経系への影響”と題して発表した 7)。
それは3分間の歯面のみを磨く歯磨きブラッシングと15分間の歯肉や歯槽粘膜への擦過刺激を主としたブラッシング-Oral Physiotherapyの1つである長時間歯肉擦過刺激(以下マッサージ・ブラッシング) -を区別して実施した後に、自律神経系作動物質であるノルアドレナリン(NE)とアセチィルコリン(Ach)が頭部・身体部でどのような影響を受けるのかを調べた。
その結果、歯磨きブラッシングは全被験者の全測定部位でNEの2〜5倍の増加と、Achの1/ 2〜1/ 5の減少で交感神経系を優位にさせたこと。一方、マッサージ・ブラッシングはNEの1/ 2〜1/10の減少と、Achの2〜10倍の増加を確認し、副交感神経系を優位にできることを確認した。これらの結果から、口腔内だけでなく、心身の各部にわたる改善・健全化にはマッサージ・ブラッシングが適切であるとの結論として報告した 7)。
【口腔管理のブラッシングに何を期待するのか】
ブラッシングで重要なことは何を目的にブラッシングするかである。
- 歯を白くきれいにしようとすることが目的であれば、歯磨剤を付けて歯をこすり磨きをして、歯表面から茶渋ステインを削り取れば、白く見た目もきれいになるが、虫歯予防や歯周病治療にはならず、交感神経系を優位にして、口腔内・心身各部の組織健全化には悪影響を及ぼす。
- プラークインデックスを指標として、プラークコントロールの成績を上げるのが目的なのであれば、歯表面に付着したプラークをこそぎとれば、プラークコントロールの成績を上げることはできるが、虫歯予防(?)にはなりえても、 歯周病予防や治療にはならない。むしろ、歯磨きブラッシングでのプラークコントロールは交感神経系を優位にして、口腔内・心身各部の組織健全化には悪影響を及ぼす。
- 口腔内諸組織を健全化させることを目的にブラッシングする場合。それには全身の健全化のことを考えてみれば、わかりやすい。それは生体内では隅々まで血液が行き渡ってはじめて細部までの組織は正常化する。 それと全く同じで、口腔内では唾液が血液なのであるから、歯面のみならず歯肉粘膜などすべての組織面に唾液が行き渡って初めて、口腔内は正常化する。この唾液の行き渡りは本来、正しい食事がなされることで、自浄作用があり達成されるのであるが、近代の人工軟性食のためにそれができなくなっている。その誤りを是正するために、誤った食生活を代償する目的で、ブラッシングをして、新鮮な唾液を隅々まで行き渡らせる、と同時に全ての口腔組織に生理的な強さの擦過刺激を与え、 マッサージ効果を出す必要がある。それが、日常的に励行されたとき、口腔諸組織は正常になる。これこそが、ブラッシングすることの本来の目的である。そのとき、極めて重要なことであるが歯磨剤は一切使用しないで唾液だけでのブラッシングを行って初めて達成できるのである。このときエナメル質を硬化促進させての虫歯予防には歯面を、歯周病予防治療には歯肉粘膜面を新鮮な唾液を擦り付けブラッシングすることが必要になる。もしこれができていれば、プラークぐらいはコントロールされてしまうので ある。しかし、虫歯予防のためとして歯面だけに歯ブラシの毛先が当たるブラッシングは交感神経系を優位にさせるので、好ましくない。そこでまず、咬合面のゆすり磨きをしてから、歯頚部と歯肉歯槽粘膜を中心にフォンズ法でのブラッシングと、歯間隣接部と歯間乳頭部歯肉への差し込み振動ブラッシングを確実におこなうことで、副交感神経系を優位にする歯肉擦過刺激ブラッシングが可能となる。そうすることで、 心身の健全化ができるようになる。
- 歯周病治療と治療後の維持安定が目的であれば Physiotherapyの一つである長時間歯肉擦過刺激ブラッシングを確実に施行することである。このとき、歯肉や歯槽粘膜の状況を正確に診査診断して、的確な擦過刺激が行われ続けば対症療法としてのブラッシングは可能である。しかし、最初に片山先生のつぶやきを記したが、ブラシだけでは歯周組織を長期に安定させ続けることはできない。私の体験からも歯周組織を10 ~ 15年を超えて、長期に安定させ続けることはブラシだけではできない。
【歯周病治療を成功させるために必要なことは】
病人の歯周病を治療しようとするブラッシングは、Physiotherapyの一つである歯肉や歯槽粘膜への擦過刺激を主とした長時間歯肉擦過刺激ブラッシングであり、それが的確に励行されると病人の心身の健全化に大きく関わる。
それは、対症療法としての病変部の改善だけでなく、自律神経系を正常化させ、血流量も増加するので循環器系が正常化し、組織代謝も促進される。
そして、胸腺の免疫機能の改善がなされ、免疫系が正常化することから感染症の改善回復が達成できる。その時に、感染症である歯周病は当然改善回復する。
そのためにはPhysiotherapyの他の要因が同時に、並行して遂行される必要がある。その要因がすべてなされると、口腔内諸組織の生理性が回復するだけでなく、脳内生理として、脳内物質の量・質的に変化して正常化されるので、こころの平静さと行動の積極性が獲得できる 10)。
それは現代社会での混乱の原因であるストレスまでをも個人的に管理制御できるようになり、体質改善を成功させることができる 9)。そのような自己管理としての日常生活改善が達成されることで、病人の歯周病を回復治癒させていくだけでなく、回復した後の健康人になってからもクライエントとしてのその健康を日常的に維 持増進させていけるようになる 9)。
【同時に遂行するべきPhysiotherapyの要因】
感染症である歯周病治療は原因菌と宿主の抵抗力のバランスである。歯周病を解決をさせるためにはこれら両者に同時に働きかける必要がある。
細菌群にはブラッシングで菌数の減少と細菌叢を変化させ、正常化させることが必要である。
宿主の抵抗力は全身体力と免疫力の回復と増強で対応する。
そのための第一は血流量の改善であり、それには副交感神経系を亢進させることである。
それをすることで組織代謝の回復と循環免疫系の回復をはかれる。そのような自律神経系への働きを必要とする。
それをするのがPhysiotherapyである。
この宿主の抵抗力の回復と増強にも循環系への刺激としてのブラッシング(Physiotherapy)はもちろん重要であるが、それ以上に、急性炎症のため、その部位で咀嚼することができず、噛むことを避けていたのを、日常生活が出来る状況に戻すことが必要である。
そのためには、症状発現部位の組織崩壊を最小限にとどめながら、日常食生活を早期に回復させことが重要である。
それには咬合からの噛むというPhysiotherapy 11,12,13) を通して、循環免疫系の回復をはかることが優先されなければならない。
そのためにも、可能なかぎり早期に生理的咬合を回復させることである。
時に咬合調整で、また時には、治療用義歯で咬合を生理的に安定させ、副交感神経系の亢進と免疫系の改善を確実にはかりながら、排尿・排便をキッチリ行い、日常生活を回復させるようにする 13)。
そうすることで三度の食生活のみならず、安静時唾液嚥下時の咬合接触による心身生理を回復させる療法を日常的に実践できる。その日常的な心身生理回復療法は早期に体調を回復させ、症状発現部位の変化を実感させ、病人自身に、自信を取り戻させることができるように なる。
そこに少しのゆとりが生まれれば、日常的な生活改善を可能にする話し合いをすることができて、食生活の内容にも、また、その食事の仕方にも注意を向けることができるようになる。
そうなって初めて、自分に目を向けての生活が可能になり、いわゆるPhysiotherapyとしての種々のさらなる活動もできるようになる。
【Physiotherapyが誤ったらどうなるか】
たとえば、噛むことは体に良いからよく噛んで食べなさいといわれているし、多数噛みはよいとして、患者に奨励したとしよう。
何が起こるのか?
その時の噛み合わせが生体に適合していなければ、噛むというそのことは交感神経系を優位にして病変部・症状発現部位を悪化させこそすれ、なおすことにはならない 13)。
それが歯肉の腫れ程度であれば、まだどうにか隠してしまえるかもしれないが、もしもガンを発症していたらどうだろう。
うつであったらどうだろう。
もっと悪化するし、引きこもりが強くなるのは当然ではなかろうか。
ブラッシングを例にしよう。
もしも、白くきれいな歯を求めて、歯ブラシをしたとしよう。何が起こるのか?
歯面をブラシしたら交感神経系を刺激して全身的にも、脳内にも悪影響を与える。心身の治療を目的にブラッシングさせるのであれば、プラークコントロールを目標として歯ブラシするのは危なっかしい、危険すぎる行為である。
【何がPhysiotherapyか】
心身の生理は消化器の入口の口腔内だけでなく、消化器・泌尿器系の出口ももちろん重要であり、身もこころも全身・全体が関わることである。 それゆえ正しくPhysiotherapyが遂行されるためには医療者が注意深くかかわって、生理的な正しい噛み合わせを構築した上での日常生活で、正しいブラッシング指導のもと、それが励行され、 排尿・排便がなされていることが必要となる。
その上で呼吸法も、歩行も、ジョギングも、体操も、排尿・排便を含み日常生活にあるすべての心身に関わる行動が、Physiotherapyとなる。
息をしても、無意識にツバを飲み込んでも、何をどう食べても、おしゃべりをしても、笑っても、 泣くことすらそれはPhysiotherapyとなる。
それを自分のためにしてあげればいい。
それを友人と楽しくゆかいに、いつでもやっていればいい。
それこそがPhysiotherapyとなる。
最も大切なことは私が納得した私でいること。自分が、自分で、自分を、自分することである。それこそがPhysiotherapyである。
【歯周病を治療担当することのゴールは】
歯周病を治療担当することのゴールは初診時の歯槽骨の支持骨量を決して悪化させず、20年・30年と経過させ続けることにある。加えて生理的といわれる加齢による骨変化すらも変化させないで、支持骨量を維持させ続けることにある。
そのようになってこそ歯周病への医療の介入であったことが意味をもつ。
そのような日常生活を獲得するためにこそ Physiotherapyの一つとしてのブラッシングを行うのであるから、Physiotherapyを心身生理回復療法として、治療対象者の心身の生理条件を回復させ続ける療法と訳することに理解して頂けるのではないだろうか。
【結びとして】
口腔自己管理としてのブラッシングは、誤った文化の代償として唾液をまぶしこみ、口腔諸組織を正常化させることと、心身の生理性を回復させるためにこそ行う家庭療法なのであり、現在の欧米や日本で言われているようなプラークコントロールのために行う歯磨きではないことを明確に認識する必要がある。
【参考文献】
1)片山恒夫:ある開業歯科医の想いー片山恒夫論 文集ー、 豊歯会、大阪、1983
2)片山恒夫写真集編集委員会編:開業歯科医の想 いII―片山恒夫セミナー・スライド写真集―、豊歯会、 大阪、1999
3)大村恵昭:図説バイ・ディジタルO-リングテ ストの実習,医道の日本社,神奈川,1994
4)大村恵昭:顔を見れば病気がわかる、文芸社、東京、 2012
5)Fujimaki G.,:E ects of dental-care related behavior in daily life on systemic health Part4. Psychosomatic change achieved by oral physiotherapy, Acupuncture&Electro- erapeutic. Res., e Int. J., Vol. 39, pp 99-100, 2014
6)Fujimaki G.,: e E ect of Oral Daily Life Activity on the Body-PartII The Effect of Oral Physiotherapy by Tooth Brush on the Body,Acupuncture&Electro- erapeutic. Res., e Int. J., Vol. 27, pp281-282, 2002.
7)Fujimaki K., Fujimaki G.,:Effects of Brushing on the Autonomic Nervous System, Acupuncture&Electro- erapeutic. Res., e Int. J., Vol.32, pp289-290, 2007.
8)有田秀穂:セロトニン欠乏脳-キレる脳・鬱の 脳をきたえ直す-. NHK出版, 東京, 2003.
9)Fujimaki G., Fujimaki K.,:Dental care for stress relief, Acupuncture&Electro- erapeutic. Res., e Int. J., Vol.31, pp317-319, 2006.
10)藤卷五朗:治るため・治すための歯周治療、恒 志会会報、Vol.6,, pp31-36, 2011
11)Fujimaki G.,Fujimaki K.,:The Effect of the rhythmic activity of mastication on the brain substances, Acupuncture & Electro-Therapeutic. Res., The Int. J., Vol.30,pp313-314,2005
12)Fujimaki G.,: e E ect of Oral Daily Life Activity on the Body, Part 1 The Effect of Oral Activity such as Chewing on the Body. Acupuncture & Electro- erapeutic. Res., e Int. J., Vol.27,pp285-286,2002
13)藤卷五朗,藤卷弘太郎:咬合条件による自律神 経系作動物質の変化,全身咬合,Vol13,No.2, pp1-9, 2007.
◆連絡先: パストラル歯科 〒110-0005 東京都台東区上野1-3-2 上野パストラルビル4F
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咀嚼運動の分析による下顎運動検査法
2013 vol.8
日本歯科大学生命歯学部 歯科補綴学第1講座教授 志賀 博
はじめに
歯科臨床は、害われた咀嚼機能の回復とその維持を主な目的として標榜してきましたが、肝心な咀嚼機能の診断は、一般に主観的または経験的な評価に拠っているのが現状です。そこで、筆者らは、臨床の現場で簡便に活用できる客観的な咀嚼機能検査法として、咀嚼運動の分析による下顎運動検査法とグミゼリー咀嚼時のグルコースの溶出量の分析による咀嚼能力検査法を開発しました。
これらは、装置が小型・軽量かつチェアサイドでの応用が容易であり、短時間で咬合・咀嚼機能を客観的に評価できる方法として、平成23年3月に有床義歯装着患者に対し、先進医療 (技術名:有床義歯補綴治療における総合的咬合・咀嚼機能検査) として採用されました。 本稿では、咀嚼運運動の分析による下顎運動検査法について,あらましを説明させていただきま す。
1. 咀嚼運動の記録・分析時の咀嚼条件(被験食品、咀嚼側、分析区間)
咀嚼運動は、咀嚼系を構成する咀嚼筋、顎関節、歯(咬合)、ならびに口腔周囲器官の機能の統合によって営まれる運動であり、これらの構成単位、のいずれかが障害されても他の構成単位の機能に悪影響が誘発され、咀嚼系全体の機能異常が発現するといわれています1)。したがって、咀嚼系の機能を評価するために咀嚼運動を調べることは、 きわめて重要であると考えられ、数多くの研究が報告されてきました。
その結果、咀嚼運動は、各人固有のパターンを呈するものの、いくつかのパターンに分類される2-7)こと、また健常者では、 個々のサイクルが規則的で安定するが、不正咬合者や顎機能異常者では、個々のサイクルが不規則で不安定である2,8-10)ことなどが明らかにされています。一方、記録・分析時の咀嚼条件は、咀嚼運動に強い影響を及ぼすので留意すべきである11) ことが指摘されています。したがって、咀嚼条件によって咀嚼運動がどのように影響を受けるかを知る必要があるといえます。
1) 被験食品
咀嚼運動を分析するための被験食品は、パン、カマボコ、チューインガム、生ニンジン、ピーナッツ、ビーフジャーキー、生米、煎餅などが用いられておりますが、食品別にみた咀嚼運動を分析するためには、一般的な食品が選択されるべきであり、可及的に性状が異なることが望ましいですが、 被験食品数を多くすると、疲労が生じたり、記録時の随意的要素が加わる可能性があるので、留意しなければなりません。
運動の安定性を分析するためには、硬さや量が変化しやすい食品咀嚼時では、咀嚼の進行に伴って運動が変化することにより、健康な被験者でも不安定になることがあります(図1)ので、咀嚼の進行に伴う硬さや量の変化が少ない被験食品を 選択しなければなりません。咀嚼運動の安定性の分析では、軟化したチューインガムが最適であり、 グミゼリーがそれに準ずることが明らかにされています11)。また、被験食品の重量は、2gにすると、 安定した咀嚼を営むことが確認されています12)。
2) 咀嚼側
咀嚼側の指定は、主咀嚼側(習慣性咀嚼側)、 自由咀嚼から抽出した主咀嚼側、あるいは自由咀嚼など、研究によって区々です。咀嚼の進行に伴う運動の変化や咀嚼能力の分析では、自由咀嚼でも問題ありませんが、自由咀嚼をさせると、右側から左側、または左側から右側へと咀嚼側が変化した際に咀嚼運動も大きく変わる(図2)ために、 咀嚼運動が安定している健常者でも不安定として評価されてしまいます(図3)。
また、主咀嚼側 咀嚼時と非主咀嚼側咀嚼時とを比較すると、運動経路、運動リズム、 咀嚼筋筋活動は、いずれも主咀嚼側咀嚼時の方が非主咀嚼側咀嚼時よりも安定し、両咀嚼側間の機能的差異が認められています13-15)。したがって、咀嚼運動の安定性の分析では、咀嚼側は、主咀嚼側の指定が望ましいといえ ます。
3) 分析区間
咀嚼運動の分析区間は、咀嚼中の全サイクル、 咀嚼開始後の第1サイクルからの一定区間、咀嚼が安定してからの一定区間、咀嚼開始直後の数サイクルを除いた一定区間など、研究によって区々です。
咀嚼の進行に伴う運動の変化や咀嚼能力の分析では、咀嚼中の全サイクルや咀嚼開始後の第1サイクルからの一定区間を選択することもありますが、咀嚼運動の安定性の評価では、咀嚼開始直後と後半を除いた区間が推奨されています。これは、咀嚼開始直後では、意識的要素が加わり、また後半では、唾液の貯留による咀嚼の中断や嚥下の準備動作が加わることにより、咀嚼運動が不安定になるためです。
一方、咀嚼運動の安定性の分析では、一般に市販されている軟化したチューインガム咀嚼時の分析区間を調べた研究16)から、咀嚼 開始後の第5サイクルからの10サイクルが運動経路、運動リズムともに最も安定し、分析に最適であることが明らかにされて以来、これに類似した区間が多用されています。
2. 咀嚼運動経路のパターンの分析
健常者の運動経路は、正中に平行あるいはやや咀嚼側に偏位しながら開口後、開口路よりも外側を通って閉口する涙滴状あるいは類楕円形状のパターンを呈するものの、各人固有のパターンを有するといわれていますが、いくつかのパターンに分類できることが明らかにされています(図4)。
筆者ら7,17)の多数例の健常者と顎機能異常者における咀嚼運動経路のパターンに関する分析では、健常者のパターンは、I~VIIの7種類に分類でき(図5)、そのうち中心咬合位から作業側へ向かってスムーズに開口し、その後中心咬合位へ convexを呈して閉口するパターンIと中心咬合位から非作業側に向かって開口後作業側へ向かい、その後中心咬合位へconvexを呈して閉口するパターンIIIの2種類が代表的なパターンといえますが、顎機能異常者のパターンは、健常者のそれとは明らかに異なり、代表的なパターンが存在せず、種々なパターンを呈し、分布も異なることが明らかにされています(図6)。
また、健常者では、70 ~ 80%を占めるパターンIは、実験的咬合干渉を付与すると、明らかに減少し、逆にパターンII、III、IV、VIIの増加が確認されています(図 7)18)。実際に、平衡側に咬合接触が認められると、主にパターンVとパターンVI、あるいは閉口路がconcaveを呈するパターンが発現し19,20)、こ れらの平衡側の咬合接触を除去すると、パターン VIが消失します21)。
さらに、片側性臼歯交叉咬合者の反対側では、正常咬合者と同様のパターンを呈しますが、交叉咬合側では、正常咬合者とは異なるパターンを呈する22)ことや不正咬合を是正すると、正常咬合者の代表的なパターンIとIIIが 増加する23)ことも確認されています。
これらのことから、咀嚼機能が健常で咬合に問題がない場合には、咀嚼運動経路は、パターンIとIIIに代表される健常パターンを呈するが、咬合の不正や咬合干渉が存在する場合には、パターンIとIII 以外の異常なパターンを発現するといえます 。
3. 咀嚼運動の安定性の分析
筆者ら16,24)は、咀嚼機能、すなわち咀嚼運動の安定性の分析のための咀嚼条件を検討した結果、被験食品として咀嚼の進行に伴う大きさや硬さの変化の少ない軟化後のチューインガム、咀嚼側として主咀嚼側での片側咀嚼、分析区間として咀嚼開始後の第5サ イクルからの10サイクルが適切であることを見いだしました。これらの条件下で、運動経路と運動リズムの安定性を表す定量な指標を求め、咀嚼機能の客観的な評価を検討しました。
運動経路については、咀嚼開始後の第5サイクルから第14サイクルまでの10サイクルについて、 各サイクルの中心咬合位を基準にして、前頭面に投影した開閉口路を上下的に10分割し、各分割点の座標値を求めた後、各分割点における10サイクルの平均と標準偏差を算出し、この平均点を連ねる平均経路(図8)で表します。この平均経路上の各平均点における開口時と閉口時の水平方向、 開閉口時の垂直方向の各標準偏差の平均を算出し、それぞれ開口時側方成分、閉口時側方成分、垂直成分とし、これらの各成分を開口量(平均経路の最下方点)で除算するSD / OD値(標準偏 差/開口量)を求めることによって、安定性を表す指標としました(表1)。
また、運動リズムについては、咀嚼開始後の第5サイクルから第14サイクルまでの10サイクルにおける開口相時間、閉口相時間、咬合相時間、サイクルタイムの平均と標準偏差から算出した変動係数を求めることによって安定性を表す指標としました(表2)。
こられの運動経路の安定性を表す3指標と運動リズムの安定性を表す4指標について、健常者群と顎機能異常者群の咀嚼運動の安定性を評価したところ、いずれの指標も両群間に高度な有意差が認められ、顎機能異常者の咀嚼運動が極めて不安 定であることが確認できました16,25) (図9)。
し かしながら、健常者群の平均値+2SD(標準偏差) 以内を正常範囲とし、敏感度と特異度を求めると、特異度は90%以上でしたが、敏感度は46%~ 70%となり、低い値を示す指標も認められました。
そこで、主成分分析を応用し、運動経路の3指標と運動リズムの4指標からそれぞれ統合指標26)を作成したところ、敏感度が86%以上となり、極めて高い値を示すことが確認できました(図10,表3)。つまり、この咀嚼運動の安定性の分析は、咀嚼機能の健常と異常との識別に十分な信頼性があるといえます。
おわりに
咀嚼機能を客観的に評価できる咀嚼運動の分析による下顎運動検査法のあらましを述べさせていただきました。
本検査法は、最近のコンピュータエレクトロニクスの発展に伴い、咀嚼運動の記録から分析までを容易に行うことができるようになり、特別な知識や習得を必要とせずに咀嚼パターンが表示され、簡便かつ短時間での咀嚼機能の客観的な評価が可能です。
また、有床義歯装着者のみならず、 咬合問題や歯の欠損に伴う咀嚼障害を有するすべての患者に応用でき、治療前の障害程度、治療後の回復程度、定期検査時の維持状況をデジタル画像化や数値化することにより、客観的に評価することができます。
害われた咀嚼機能の回復とその維持を客観的に評価することにより、信頼性ある歯科臨床による健康増進が期待できるものと思われます。
文 献
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図1
各種食品咀嚼時の咀嚼運動経路
CO : 中心咬合位
図2
自由咀嚼時と片側咀嚼時とにおける各サイクル
(被験食品:軟化したチューイングガム)
図3
自由咀嚼時と片側咀嚼時とにおける咀嚼運動路の重ね合わせ表示と平均経路、並びにその標準偏差
図4
咀嚼運動経路の分類基準
CO : 中心咬合位、R : 右側、L : 左側
図5
咀嚼運動経路のパターン分類
図6
健常者群と顎機能異常者群における運動経路の
各パターンの発現率
図7
犬歯誘導咬合者群とグループファンクション咬合者群における実験的咬合干渉付与前後の
運動パターンの発現率
図8
各分割点における10サイクルの平均と標準偏差の算出
表1
咀嚼運動経路の咀嚼運動経路の安定性の指標
(SD/OD)の算出
(mm)
表2
咀嚼運動リズムの安定性の指標(CV)の算出
(msec)
図9
健常者群と顎機能異常者群における
運動経路と運動リズムの安定性
図10
健常者群と顎機能異常者群における統合指標でみた
咀嚼運動の安定性
表3
統合指標における特異度と敏感度
「暮らし」を織り込んだ義歯の臨床
ー「噛める」の次にくるもの ー
2013 vol.8
恒志会理事・群馬県みどり市開業 臨床歯科医師 籾山 道弘
1:はじめに
今年の恒志会創健フォーラムのメインテーマは 「健康長寿の秘訣 -食生活と健全な口腔機能-」であるという。
「健康」「健全な口腔機能」という言葉が列ぶなかで、「では、歯を失ってしまった場合には?」 という疑問が生じてくる。
「欠損歯があると健康とは言えないのか?」といえば、答えはNOである。 日々、歯を残す為の治療と患者指導を続けている と、歯を守り、健康を回復・獲得、維持・増進していく為には、義歯が大きな役割を果たしている事に気付かされる。
翻って、我が国の歯科臨床における義歯のポジションを考えてみるに、人々の健康に寄与するどころか、標記の「健全な口腔機能」とも縁遠い様なケースに度々出会う。
特にパーシャルデンチャーでは、「総義歯製作マシーン」ともいえるようなケースを見かける事がある。 私達歯科医師は、日々の臨床で、欠損した歯を補う補綴処置を日常的に行っている。補綴処置の成否を判定する基準に則って治療を進めているはずであるが、この基準が果たして「健全な口腔機 能の獲得」を示しているかといえば、大きな疑問が残る。
パーシャルデンチャー、総義歯にかかわらず「歯医者満足、患者迷惑」のごとき治療結果を、往々にして目にする。
歯科医師のいう「よく噛める義歯」というものが、患者さんの「暮らし」とマッチしない事に原因があるように思う。
片山恒夫医博は、その著作のなかに「具合良く長持ちしてこそ信用を生み、信用されての治療は結果は良い。結果こそ全てを決める。」と述べている。
そこで、「具合よく」という言葉をキーワードに、私たちの診療室で、義歯治療に際して注意している点をお示ししながら、患者さんの「暮らし」に溶 け込んだ義歯の姿というものを考え直してみたい。2:健康とは
先ず、保存、補綴領域等に係わらず、共通の治療目標であるところの「健康」というものについて考えてみたい。
「健康の定義とは何か?」こう質問すると、「健康とは病気ではない事」とう返答が最も多く返ってくる。
しかし、よく考えてみるとおかしな表現で、「健康」そのものを端的に言い表しているとは言いがたい。「犬とは猫ではない生物である」という表現と同じ様に聞こえる。
WHO憲章の健康の定義では、
「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.」和訳すると「健康とは、完全な肉体的、精神的ならびに社会的に良好な存在状態であって、単に病や弱さの存在しないことではない」とされている(1946年)。 更 に1998年には「Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social ..........」のように太字下線部分のような文言を追加する改正案が提案され、より精神性、心と身体、生活との係わりといったものを感じる。そして、ゴールドマン&コーエンの「歯周治療学」第5版では、
「歯周疾患の診断や、その病因を知るには、正 常な歯周組織に精通した完全な知識が必要である。疾患の範囲や程度は正常な所見からどれだけ離脱しているかによって決まってくる。それゆえ正常で、健康な歯周組織の性質をつかんでおく事は、非常に重要な事である。しかし、そのような安定した状態においては、健康の基準というような所見が見られそうだが、実際はそうではない。 健康とか正常とかいう言葉は、一つの状態をさすのではなく、健康であると判断される様々な状態をまとめてさしている。色、構造、形態などにも範囲があり、それはまた年齢、個人さらに人種によっても変わってくる。」と記されている。
このように、健康とは、医学的、病理学的に病気や弱さが無いということだけではない。そして、 一つの数値的基準で言い表せるようなものでもない。 私は個人的に「現代社会で暮らす人間が、所属する社会、コミュニティーにおいて、一日、一年、・・・一生という時間軸の中で健やかに、前向きに人生を送る事が出来る心と身体の状態」と定義している。
もっと簡単に、身体の健康を元気、心の健康を平気、社会的健康をヤル気、と例えて「元気、平気、ヤル気に満ちた状態」と表現している。 そんな視点から、私たちの医院では、歯科臨床を行う際の基準、目標、一つのゴールとして写真の「年齢別、男女別の健康歯肉アルバム」を複数用意して臨床に取り組んでいる。
この天然歯列編にも複数ある。その他、欠損歯列編にもパーシャルデンチャー編、ブリッジ編などのバリエーションがあり、総義歯は、「総義歯患者編」ではなく「健康な無歯顎者編」と呼んでいる。
50代から90代の男女別、咬合様式別、人工歯の材質別など、経過観察を続けていくと、様々な経時的変化が見て取れる。その一部が下の写真である。両者25年以上経過症例だ。
開業後間もない時期に、私自身が技工を行い製作した義歯である。途中左下1歯を失ったが、 100歳近くまで、わずか3回程の修正のみで経過している。
我々は歯科医療の専門家であると心得ている。 エキスパート、専門職である。
しかしながら、今までの専門家目線、専門家基準というものでは読み切れない「人間の変化」、「ひ ずみ」といったものを診査診断し、先読みしていく能力が求められる時代に突入しているようだ。
現代人の健康とは、「健康」という名の商品を保険料や現金を支払って購入しているというイメージがつきまとう。 健康長寿に寄与する歯科臨床を展開する為には、 臨床家が、ゴールである健康歯肉の姿を理解している必要があろう。 これなくして「具合よく」も「長持ち」もあり得ないと考える。
3:アンチエイジングを語る前に
前項で「健康長寿」へ導く歯科医療を展開する為に、先ず健康歯肉を知る事の重要性を記した。 健康歯肉アルバムを10代から80代まで順を追って見ていくと、各年代ごとの歯牙、歯列、咬合、歯槽骨、歯肉の特徴が表れている。
これは「正常なエイジング」とも言い換えられるのではないだろうか?
これらの写真以外にも様々なエイジングのバリエーションがあるが、こういった健康歯肉や正常なエイジングの姿を逐一記録していく事も臨床家の重要な役割であると思う。
そして、私たち日本人という民族がたどる正常なエイジングの姿、健康歯肉、健全歯列の姿を、最も理解出来ていないのが歯科医療従事者のような気がしてならない。「病気」しか見えない事の弊害か?
そして、歯科医療従事者はもちろんの事、患者さんのみならず広く一般の方々にも、正しいエイジングの姿を知らせていく事を怠ってはならない。 昨今、アンチエイジングという言葉を頻繁に見聞きする。「抗加齢」と訳されているようだ。「加齢に抗する」とはどういう事だろうか?
加齢とは読んで字のごとく、一年一年、年齢を重ねる事である。これに逆らう事は、スターウォー ズの世界以外は不可能である。私たちは、マスター・ヨーダには成り得ない。 どうも、加齢と老化をごちゃ混ぜにしてしまっているようだ。「抗老化」ならば理解できよう。
「加齢」のマイナス面を「老化」そして、プラス 面を「熟成」というのではないか?
事実「エイジング」という言葉を辞書で調べてみれば、1 : 老齢化、老化 2 : 熟成(チーズやワイン等の)と記されている。
また、「若返り」と表現される場合もあり、どうにも混沌としている。 「加齢と熟成に逆らう医療」とは一体どんな医療なのであろうか?私には理解出来ない。熟成には抗する必要などなく、素晴らしい事ではないか。
「老化に伴う心身のマイナス面を抑制・改善し、 年齢にふさわしい充実した暮らしを手助けする医療」という様に考えてはどうだろう。
ここでいう「ふさわしい」とは「平均的な」ということではない。現在の日本人高齢者の「平均」の姿は、あまりにマイナス面が目立つように思う。 もっとイキイキ、ハツラツとして、「元気・平気・ ヤル気」イッパイの高齢者を増やしていきたいものである。
ここには、歯科医療が大きな力を発揮するはずだ。 アンチエイジングと称して、単なる「若作り」 の片棒を担ぐ事は避けるべきである。
4:義歯の現状
健康長寿のためには義歯が大きな力を発揮する。
超高齢社会では「抗老化、向健康」を手助けする事が、歯科に対して求められている。 しかし、私達の医院に受診、若しくは相談にお見えになる患者さんの言、或いは製作を担当する技 工士さん達からは 「最新の理論、最高のテクニックと材料を総動員し、最善を尽くして製作した補綴物、特に義歯の多くが、持ってもせいぜい5年程度でダメになってしまうのは何故だろう?」という疑問、質問が投げかけられて来る。どうにかしたいけれど、自分達の手ではどうにも ならないというジレンマだ。
これに対して、歯科医は、パラデンタルスタッフは、世間はどう感じるだろうか。マスコミはどう捉えるだろうか?
最新の理論や術式、それに伴う諸材料や器具機材は、毎年のように新しいモノが現れては消えて行く。長く続いているテクニックであっても、全てのケースでうまく行くという事は無い。得手・ 不得手、適応・不適応・禁忌、色々ある。あって当然である。
欠損補綴領域の研修会インストラクターの口からは、「理論と臨床は違うもの」なる言を聞く事が多々ある。 どうも、人間というもの、欠損歯列を有した患者さんというものを理解していないようだ。一つ の理論で全て解決する等という事があるはずが無 い。
健康歯肉や正しいエイジングを理解していない事に理由があるように思う。
歯医者目線の理論、術式は、ある患者さんには正しく、改善 、 健康に導く事が出来ても、別の患者さんには全く歯が立たないという事がままある。口腔内局所のみを対象とした診査診断では、患者さんの「人間理解」は不可能だ。
もちろん、詳細に口腔内や周囲局所を診査していく事は大切であり、重要な事である。 しかし、それと同時に、否それ以上に、その患者さんの人間理解を深めていく事が求められている。
古くから片山恒夫医博が「患者さん丸ごとつかまえる」と表現している様に、ここに医療の本質があるといえよう。
こういった視点から、現在の義歯とそれを取り囲む環境を観察してみると、いくつかの問題点が浮かび上がってくる。海外製の理論は、日本民族にどういったメリッ トがあり、同時にどんなデメリットを与えてしまうのかを、歯科医師の診断能力をもって、しっかり検証する必要がある。
そして、実際の義歯臨床に取り組む際には、義歯の設計や治療計画を立案するわけであるが、その多くの領域を歯科技工士に丸投げしているのが現状である。
義歯臨床では、特にチェアーサイドとラボサイドとの連絡、連携が必須となる。しかも、患者さんに直接触れる事が出来ない歯科技工士に対して、硬くて物言わぬ石膏模型を介して、その患者さんの活きた情報を伝えなければならない。
更に、ラボサイドでの、義歯製作の各ステップ毎にチェアーサイドでの試適や修正を通して患者さんの望む通りの状態に義歯を仕上げていく訳である。
そして、義歯が完成し、セット、調整仕上げ、 メインテナンスへと進む訳である。 しかし、現状の歯科医療チームには、綿密、緻密 なチームワークが確立しているとは言いがたい。多くは「技工士さんに丸投げ」だ。
そこには、歯科医師の診査診断能力の不足、人間理解能力の不足、そして理工学や技工の能力の不足といった問題点が浮かび上がってくる。
さりとて、ラボサイドに全く問題がないかと言えば、否である。 確かに、技工士さん達は、非常に真面目に、熱心に義歯臨床に取り組んでいる方々が多い。多岐に渡ってよく研究し、物言わぬ模型に「語らせよう」と、涙ぐましい努力が見て取れる。これは「活 きた情報をくれない歯医者に頼らずに、患者さんに適合した義歯を作りたい」という気持ちの表れのように思われる。
しかし、模型を見ているだけでは、適合=「フィット」は得られても、患者さんに「マッチ」した義歯を提供する事は不可能である。 「歯科医が技工を捨ててから、日本の歯科医療の質が大きく下がった」 大学卒業間もない青年歯科医師であった私が、 片山恒夫医博のセミナーで聞いた言葉が蘇ってく る。
5:義歯の力
さて、前項のような問題点を抱えた現在の日本の歯科界であるが、この絡まった糸を解す事が必要である。難題と感じられる。 義歯には、教科書に書かれていない大きな力がある事を、27年程度の開業経験でも十分に理解する事ができる。 この点に関しては、創健フォーラムにおいて、 実際の症例を通して拙い経験を披瀝してみたい。 この場では「義歯が持つ力」について、概略のみを記してみる。
「義歯になったら、味が判らなくなった」
良く聞く言葉ではないだろうか。歯科医療従事者でなくとも、ある程度「仕方ない事」と考えている事と思う。
本当にそうだろうか?「味が判らなくなった」患者さんは、どんな味が判らなくなったのだろうか?
義歯を装着するまで、「味」に関して何を基準に、どのような食材を、どう調理したものを、いつ、 どこで、誰と食べたときに「同じ味」を感じたいのであろうか?
それ以前に、一体何の味?食感は?一口の大きさは?硬さは?箸で食べるの?フォークで口に運ぶの?等々、患者さんと共に義歯を仕上げていく際には、絶対に知る必要がある。
「インプラントにしたら何でも噛めるようになって嬉しい」という言葉も良く聞く。 しかし、私の経験では「インプラントにしたら感覚がないので味が落ちた」という人の方が多い。
多数歯欠損で「飲む」というレベルから、上下の歯で「噛む」レベルまで改善した人にとっては感激かもしれない。マイナスがゼロにまで回復できたわけだ。
しかし、「噛む」から「味わう」や「楽しむ」 あるいは職業としての「味覚」という段階に進むにあたって、「感覚がない」というのは大きなマイナスなのである。 別にインプラントを否定するものではないし、 私の拙い27年間のインプラント経験のなかでさ え、とても義歯では太刀打ち出来ないケースも多く経験している。
しかし、感覚がないことと、それが故に周囲を壊してしまうという大きな欠点は忘れてはならない致命的欠陥だ。特に私たち日本人は問題が大きくなりやすい。 味の問題以外にも色々と義歯には悪いイメージがつきまとう。 痛い、落ちる、外れる、しゃべれない、歌えない等々、いくらでも不満は出てきそうだ。
しかし、これらに対しても解決策はいくらでもある。
創健フォーラムのテーマにある「食生活」を改善、向上することは大切であるが、人間は24時間食事をしている訳ではない。 スポーツをする人、トレッキングが趣味の人、 ウィンドサーフィンを楽しみたい人、楽器の演奏家、長時間の講演や講義、ゴルフコンペの主催者、 パーティーを主催する時に求められる事、等々。
義歯の成功を「噛める」や「外れない」だけに求めるのは如何なものか。その能力の一部を表しているに過ぎない。 こういった歯科医師目線の基準だけで義歯の良否を判断してはいけない。軽自動車にポルシェのエンジンを載せても、高性能で素晴らしいと感じる人もいるであろうが、多くはミスマッチ、アンバランスで社会的には迷惑と感じるであろう。
総論的には、高い診断能力と人間理解能力をもって患者さん丸ごとを捕らえ、その人の望む生 活に役立つ義歯を設計すること。 そして、その患者さんの暮らしの中で、無理なく協力が得られるような術式、材料を適用して、 歩調を合わせて義歯を仕上げていく事が求められている。決して「○▲法」や「■◇テクニック」が成功に導いてくれる訳ではない。 一番大切なのは、歯科医療従事者の「人間磨き」 と「指先磨き」だと思う。 などと、私が言っても全く説得力がない事は、 私自身が一番良く理解しているつもりだ。
私程度の低い人格の歯科医師でも、多少は患者さんの「暮らし」の中に溶け込み、長期間「具合良いよ」といってもらえる義歯を仕上げられる場合がある。 こんな経験の幾つかをフォーラムでお話ししてみたい。
6:まとめ
何やら、訳のわからない事を、ツラツラと綴ってきた。 最後に、義歯を取り巻く歯科の現状からの打開策について考えてみたい。
歯科の傾向として、相変わらず、強い補綴物、硬くて耐久性のある材料、強い骨結合等々、物性面の追求が先行し、臨床術式が後追いする状況が続いている様だ。 理工学的に物性を追求し、強度や耐摩耗性を高める事は、もちろん良い事である。基礎研究はドンドン進めてほしい。
しかし、現状では、人間の身体、各個人の個体差、生活習慣、職業や趣味趣向等々を勘案した適切な材料選択や術式の適用といった点が軽視されているように思えてならない。 そして、歯科サイドが「最新の方法」「最新の技術」といって世に出している諸々の事が、患者さんからは「なんかヘン?」と思われている事も事実である。
ちょっと極端な例で考えてみたい。 スタッフから「○○さん、今日は顔色良かったですよね」と言われて、 「お嫁さんと仲直りしたのかな」とか「痛みが減って、同窓会へ出かけられたのかな」 など、その患者さん暮らしに思いを馳せ、「次の一手」を先読みする医師のスタンスかそれとも 「ヘモグロビン値とビリルビン値と酸素飽和度はどれ位だろう」 と、科学的診断基準を追求する科学者としてのスタンスか、どちらが大切であろうか? 少々例えが悪いが、私は、両方とも大切であると思う。
患者さんの心の内に寄り添うシンパシックな在り方と同時に、冷静に細部を分析し、患者さん個人のみならず、その周辺環境までを俯瞰して方針を決める科学者としての在り方の両方が共存している医師の姿。
なおかつ、的確な診断能力とエリック・クラプ トンのスローハンドを思わせるようなスピーディで正確なテクニック。 こんな、硬軟取り混ぜた、歯科医師が求められているように思う。 難しい事のように思われるが、今の30代、20代の若い世代には、その可能性が広がっている。
私達の様な中堅からベテランの域に足を踏み入れつつある世代は、若い世代を「老害」や「悪徳商法」から守り、かつ、大家の残した業績をしっかり伝えていく事が務めである。
最後に、ある総義歯患者さんの言葉を記してみたい。
「一本無しの総義歯患者になったとたん、歯科医からの扱いが全く違ってしまう。全く別の病気の治療が、初診から始まる様に感じました。」
そして
「私の様な、総義歯の患者というのは、ありとあらゆる歯の治療を経験してきた歯科治療の大ベ テランなのです。だから、歯科医の歯に対する姿勢を肌で感じることが出来る。そんな訳で、歯を大切にしてくれる先生に自分の義歯を作ってもらいたいのです。 総義歯患者は、歯を大切にする 先生だからからこそ、具合の良い義歯が出来るとわかってるんですよ。」
これからの時代、義歯、特にパーシャルデンチャーは、その症例数を増してくるはずである。 現状では、パーシャルデンチャーの荒波を乗り越える事は出来ないであろうし、CAD/CAMや3D プリンターといった技術も、宝の持ち腐れになるだろう。
しかし、「歯を大切にするからこそ、具合の良い義歯がつくれる」というこの一言が、これからの時代の歯科の在り方を示してくれているように感じる。
私たちの医院の取り組みが、こんな事を考える 一つのキッカケとなれば幸いである。
Hello & Welcome!
歯周病でなぜ歯槽骨は溶けるのか?
ー最新科学での発見とブラッシングの有効性ー
2011 恒志会会報 Vol.6 より
河井 敬久 Toshihisa Kawai: Forsyth 研究所免疫講座 終身主任研究教授
昨年になりますが、学生時代から二十数年の月日を経たち、縁あって恒志会の沖先生と土居先生にお会いしました。そして、片山先生が他界されたことを聞いて驚き、残念に思いました。
しかし、恒志会の皆さんが片山先生の遺志を継ぎ、医患共同の生涯学習を支える慈善活動を継承し、さらに英語で書かれた、マイニー(Meing)の原著、“カバーラップ(Root Canal Cover-Up)”の日本語訳本、“虫歯から始まる全身の病気”を出版されたことを知り、研究者として感慨し、また自分白身が啓蒙されました。
特に診療室で患者さんを診る多忙な日程の中、あのような重厚な著作を翻訳することは生やさしいことではありません。
高き志を恒に保ち、Root Canal Cover-Up の翻訳を完成し出版された恒志会の皆さんに敬意を表したいと思います。
私がまだ歯学部の学生だったころから、歯周病を「歯ブラシ一本で治す」片山先生のことはよく知られていましたが、当時の私は課外活動に忙しく残念ながら勉強不足でした。
しかしその後、アメリカにおいて基礎科学の分野で歯周病を研究するようになって、歯周病の原因である細菌を歯ブラシで除去することの重要さが身にしみて分かるようになりました。
最近の研究技術の進歩に伴い、歯ブラシで取り除くべき歯の表面に付着したプラークの性状が、より詳細に解明され、プラークがじつは抗生物質や免疫応答反応にまで抵抗してしまう“バイオフィルム”という細菌の要塞であることが明らかになりました。
元来、プラークの奥底にいる細菌はすべて死んでいると思われていたのですが、近年の科学研究技術の発展、特に狭焦点顕微鏡の登場により、プラークの奥底で細菌がバイオフィルムという要塞壁に囲まれて生きていることが判ってきました。
医療分野においては、尿道カテーテルや身体の中に完全に埋め込んである心臓ペースメーカーにまで黄色ブドウ球菌などがバイオフィルムを形成し消毒剤や抗生物質で除去できないことが問題となっています。
現在多数の研究者が、バイオフィルムを除去する抗生物質に代わる新しい治療法を開発することに血眼になっていますが、重要なことにこのような細菌の要塞であるプラークは恒志会が唱導する歯ブラシで破壊するのが実際一番効果的な除去方法と考えられています。
というのも、抗生物質や体の免疫細胞の攻撃に対して頑強なバイオフィルムですが、実は機械的な攻撃に脆いという側面を持っているからです。
話が少し前後しますが、Cover-upは、歯医者であり、研究者でもあった、アメリカの歯科医プライス(Price)が90年前に提唱した根尖性歯周炎を発端とする病巣感染論を歯内療法専門医のマイニーが紹介する英語で書かれた本で、虫歯が治療されずに放置された結果起こる歯の象牙細管の細菌感染 “根尖性歯周炎” が如何に全身疾患に影響するかということを、プライスが今から90年前に延々と行ったウサギを使った科学的な実験結果を回顧する重厚な書物です。
現在においても、抗生物質を併用した感染根管治療の成功率が未だにそれほど高くないことは、残念ながら事実で、それは細菌がバイオフィルムを象牙細管内に形成するからに他なりません。
根尖性歯周炎の治療を受けたからといって象牙細管内のバイオフィルムの中に生き残っている細菌が完全に殺菌されている保障はありません。
ですから、治療を受けたにも関わらず、将来病気が再発する可能性が十分にあります。
さらに近年プラーク中の細菌が全身疾患に及ぼす影響が疑われ、特に歯周病原細菌が血液もしくは気道を介して体の中に入り、高血圧、糖尿病、心疾患、動脈硬化、肺炎等を起こすリスクを上げることを示唆する研究論文が次々とに報告されています。
ですから、象牙細管内のバイオフィルムの中の細菌が、歯周病原細菌と同じように、全身疾患に影響を及ぼしても不思議ではありません。
非常に面白いことには、近代の研究技術をもってして解明しようとしていることをプライスは90年前に気づきウサギを使った実験で証明していたのです。
しかし、歯科の基礎研究の世界では、現在のところプラーク中の歯周病原細菌の全身への影響が脚光を浴び、根尖性歯周炎を発端とする病巣感染に関しての研究は下火になっているのが残念ながら事実です。
私のボストンのフォーサイス研究所(Forsyth lnstitute)での一番大きな研究課題は、歯周病原細菌の感染がいかに菌を支える骨(歯槽骨)を溶かすにいたるかを免疫学的な立場から解明し治療法を開発することです。
体のなかの白血球やリンパ球など血液の中にいる細胞(免疫担当細胞)は、細菌やウィルスを殺すために活動(免疫応答)しています。
例えば、よく細菌やウィルス感染を予防するためにワクチンを打ちますが、これは体の中で “抗体” とよばれる細菌を特異的に殺すミサイルのような働きをするタンパクをB細胞というリンパ球によって作らせるために、人工的に免疫応答を操作している例です。
歯周病においても免疫担当細胞が活性化され病原細菌に対して免疫応答を発揮していることが良く知られています。
これまでの研究によりますと、歯周病の患者さんの血液や炎症を起こしている歯肉の中で歯周病原細菌に特異的に反応できる抗体が検出されています。
そして、免疫担当細胞(T細胞やB細胞)が炎症を起こしている歯周炎の歯肉中に集まってきていることも明らかになっています。
しかし、不思議なのは、抗体を初めとする歯周病原細菌に対する免疫反応は細菌を駆逐して歯周病の進行を抑えてくれるはずなのに、免疫反応が起きているにも拘らず病気は慢性化し進行し続けます。
我々は思いました、本当に免疫反応が歯周組織を守ってくれているのでしょうかと?
特に炎症がひどくなると歯槽骨が溶けてきますが、これは、骨を溶かす役割をする破骨細胞と呼ばれる特別な細胞が局所で増殖・活性化している結果です。
破骨細胞は酸や酵素を骨の表面に放出して骨を溶かします。
細菌が出す毒素や酵素で骨が直接溶けているのではありません。
破骨細胞を増殖・活性化する体の中で産生されるファクター(生体物質)の存在が者から予想されていたのですが、それが1998年になって初めてその物質が解明されました。
RANKLと呼ばれているファクターです。
そして、我々の研究グループは世界で始めて、RANKLが実は歯周病の病巣に浸潤している免疫担当細胞(T細胞やB細胞)から放出されていることを解明しました。
そうです、細菌を駆逐してくれるはずの免疫応答が、逆に歯槽骨を溶かすことを手助けしていたのです。
初めて患者サンプルを解析したデータを見たときには、免疫担当細胞がRANKLを放出していることは私自身信じられませんでしたが、その後動物を使った歯周病の実験モデルでも同じことを証明し確信を持ちました。
未だ仮説の域をでませんが、バイオフィルムの中の細菌に免疫反応が効かないため体がこれでもかとばかりに免疫反応を異常活性化するためにRANKLが大量に放出され歯槽骨が溶けるのではないかと解釈しています。
現在、アメリカ国立衛生研究所(NIH)から大型の研究予算(RO1)を二つ獲得して免疫担当細胞がRANKLを放出しておこる歯槽骨破壊をもっと詳細に解析し、それを予防し治す方法を開発中です。
冒頭に歯周病の原因である細菌を歯ブラシで除去することの重要さが身にしみて分かるようになりましたと書きましたが、以上の私達自身の研究結果から、歯周病を予防もしくは治療するために最も効率的なのは細菌の要塞であるプラークを破壊することだと信じています。
特に免疫応答は記憶機能が備わっており、一度以前に覚えた歯周病原菌に対しては2回目の遭遇において初回よりも迅速かつ強力に反応しますから、一度歯周病にかかった人は、少しでもプラークの除去を怠ると歯槽骨の破壊がいとも簡単に起こってしまう可能性があります。
これは無くなった歯の代わりにインプラントの人工歯根を受けた患者さんにも同じことが言えます。
いくら歯科医院で最新の歯科治療を受けても、日々の生活でプラークをきれいに歯の周りから取り除くことをしないと元の木阿弥です。
ですから恒志会の皆さんが医患共同の生涯学習を通して歯ブラシで歯周病を治そうとしている活動に全面的に賛同し応援したいと思います。
これからもボストンのフォーサイス研究所で、基礎研究を通して歯周病を考察し治療の可能性を探求していきたいと思っていますので宜しくお願いします。
Writer profiles
藤巻 五朗
パストラル歯科・法人恒志会常務理事
1944年 東京都八丈島 生まれ
1969年 日本歯科大学 卒業
1973年 同 大学院(薬理学)終了
1973年 エンパイア歯科(新宿区)勤務
1977年 パストラル歯科(千代田区神田)開設
2009年 パストラル歯科(台東区上野)移転開設
現在に至る
現住所 東京都台東区上野1-3-2上野パストラルビル4F
TEL 03-3836-0418 FAX03-3836-3418
籾山 道弘
恒志会理事・群馬県みどり市開業
1959年(昭和34年)群馬県生まれ
1984年 日本歯科大学新潟歯学部卒業
1986年 群馬県みどり市にて開業
総義歯臨床研究会「車座」主宰
口腔内写真活用セミナー開催著書 「歯周病が歯医者で治らない理由(わけ)」愛育社
「開業歯科医の想いIIー片山恒夫セミナー・スライド写真集」編集委員
「補綴臨床」「歯科技工」「DHスタイル」等論文執筆
河井 敬久
Forsyth研究所免疫講座 終身主任研究教授
1989年広島大学歯学部卒業(D.D.S.)
1993年大阪大学歯学部口腔治療科大学院終了(Ph.D.)
1993年フォーサイス研究所免疫学講座人絹(ポストドフトラル・プログラム)
1999年フォーサイス研究所免疫学講座・研究員(AssistantMemberof Staff)就任2002年ハーバード大学歯学部発生生物学講座講師(インストラクター)
2007年 ノースイースタン大学バイオインフォマティフス・プログラム終了
2008年アメリカ国立衛生研究所(NIH)プラント審査員2009年フォーサイス研究所免疫学講座・主任研究教授(SeniorMemberof Staff)就任
志賀 博
日本歯科大学生命歯学部歯科補綴学第一講座教授
昭和54年3月 同志社大学工学部電子工学科卒業
昭和61年3月 日本歯科大学卒業
平成2年 3月 日本歯科大学大学院歯学研究科修了(歯学博士)
平成16年4月 日本歯科大学歯学部教授
日本補綴歯科学会理事・日本補綴歯科学会東京支部会理事・日本顎口腔機能学会理事・日本咀嚼学会常任理事・日本全身咬合学会常任理事
著書(機能検査関連)
1)顎運動と顎関節音,顎口腔機能分析の基礎とその応用,116-126頁,デンタルダイヤモンド社,東京, 1991.(平成3年)
2)顎関節音検査,顎関節症入門,75-81頁,医歯薬出版,東京,2001.(平成13年)3)MKG,顎関節症入門,81-88頁,医歯薬出版,東京,2001.(平成13年)
4)咬合異常の診療ガイドライン,歯科医療領域3疾患の診療ガイドライン,1-9頁,日本補綴歯科学会,東京, 2002.
5)よくわかる顎口腔機能,咀嚼・嚥下・発音を診査・診断する,日本顎口腔機能学会編,47-48頁,86-87頁, 医歯薬出版,東京,2005.(平成17年)
6)咀嚼の本,噛んで食べることの大切さ,日本咀嚼学会編,160-165頁,190-191頁,口腔保健協会,東 京,2006.(平成18年)
7)新歯科技工士教本,顎口腔機能学,1-18頁,23-47頁,59-64頁,医歯薬出版,東京,2007.(平成19年)
8)Q&A詰める,かぶせる,入れ歯,暮しの設計,新歯科の実力,194-196頁,中央公論新社,東京,2010.(平 成22年)
9)新「名医」の最新治療―完全読本,名医の最新オピニオン,口の中では安定した後も定期検査は欠かせない, 582頁,週刊朝日MOOK,東京,2011.(平成23年)
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